東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9825号 判決 1967年12月11日
原告 株式会社山口工業所
右訴訟代理人弁護士 田中和
同 西山鈴子
被告 東海建設株式会社
右訴訟代理人弁護士 堂野達也
他三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し四五万五〇三五円とこれに対する昭和四〇年八月二七日以降その支払いが済むまで年六分の割合による金員を支払え」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
第一、第一次請求原因
原告は土木建築、左宮工事等の請負を業とする会社であり被告は土木建築の設計および施工ならびに観光の斡施を業とする会社である。
原告会社の営業担当役員である訴外清水秀雄は原告会社の代理人として、昭和四〇年六月上旬、被告会社の代理人である被告会社工事主任訴外倉持正明との間に、藤沢市鵠沼字下藤ケ谷七三四五番地弐所在の赤星邸左宮工事一切につき左記のとおり請負契約をした。
(イ) 請負代金 単価のみ決定し、総額は実測により別途計算する。
(ロ) 代金支払方法 毎月一五日および末日に、それまでの出来高に応じて支払う。
(ハ) 施行の方法 被告会社の現場監督訴外渡辺稔の指示による。
更に同年七月頃、右倉持から原告会社の従業員を通じて岸田邸の左官工事施工方依頼されて、原告会社はこれを諒承し前記赤星邸と共に別紙のとおり左官工事を施工完了した。
原告会社は右工事の代金として被告会社に対し右倉持を通じて左のとおり請求した。
(1)昭和四〇年六月一四日一五万円 (2)同年七月一七日八万二、〇四五円 (3)同年七月二七日四万八、三二〇円(4)同年八月一四日二二万四、六七〇円 以上合計六〇万五、〇三五円
これに対し、被告会社は同年七月一〇日頃一五万円を支払ったのみでその余の四五万五、〇三五円の支払をしない。
そこで原告会社は被告会社に対し同年八月二〇日付、同月二一日到達の内容証明郵便をもって、同書面到達後五日以内に右金員を支払うよう催告した。よって原告会社は、被告会社に対して右請負残代金四五万五、〇三五円およびこれに対する右催告期間経過した日の翌日である同年八月二七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二、予備的請求原因
仮りに前記訴外倉持正明が被告会社を代理して、原告会社と本件請負契約を締結する権限がないとすれば、
(一) 第二次請求原因(名板貸による責任)
被告会社代表者小倉英夫は、右倉持に対し被告会社の工事主任という肩書を名乗ることおよび被告会社の事務所を使用することを許し、かつ、右倉持のため右肩書を附し、被告会社の事務所、電話番号をも印刷した名刺を同人に交付しているのであるから、商法第二三条にいう自己の商号を使用して営業をなすことを他人に許諾した場合に相当する。従って、被告会社は、右倉持と連帯して原告会社に対し前記請負残代金支払義務を有するものである。
仮に被告会社が右倉持に対し、被告会社の工事主任と名乗ることのみを認め、被告会社の名で契約を締結することを認めていなかったとしても、右倉持の営業の一部につき既に自己の商号の使用を許諾している以上、右倉持が工事主任という制限をこえてした本件請負契約についても、被告会社は商法第二三条により、右倉持と連帯して責を負うべき義務がある。
(二) 第三次請求原因(表見代理による責任)
被告会社代表者小倉英夫は右倉持に対し、被告会社の工事主任と名乗ることを許可し、かつ、右小倉自ら「東海建設株式会社工事主任倉持正明」と印刷した名刺を一〇〇枚右倉持に与えている。それ故、被告会社は右倉持をして被告会社の工事主任なる資格で法律行為ないし事実行為をなす代理権限を一般的表示したものであるから、本件請負契約についても当然に代理権限を付与したことになるので、被告会社は前記請負残代金の支払義務がある。
仮に被告会社が右倉持に与えた代理権が本件請負契約締結の権限を含まないとしても、被告会社は少くとも右倉持が本件請負契約を締結する代理権限があったと信ずるにつき正当な理由があるので、被告会社は前記請負残代金支払の義務がある。
(三) 第四次請求原因(債務の引受)
原告会社は、被告会社の本件請負代金の支払が遅延していたので、昭和四〇年七月頃原告会社の従業員現外篠山哲雄をして、右代金支払の督促方を指示したところ、右篠山は被告会社の現場監督である訴外渡辺稔に対し右代金支払の催告をした。これに対しての後、被告会社代表者小倉は、前記赤星邸現場に来て、右篠山に右代金のことについては被告会社で面倒みる故、仕事を続けてもらいたい旨述べ、右倉持の原告会社に対する前記請負残代金債務を被告会社が重畳的に引受ける意思表示をしたのであるから被告会社は右請負残代金を支払う義務がある。
以上のとおり述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁として
第一次請求原因に対し
原告被告双方が原告主張のような会社であること、原告主張の内容証明郵便がその主張の日に被告に到達したことは認める。
原告会社が本件請負契約により施工した工事期間、工事内容の詳細は知らない。その余の事実は否認する。
被告会社は本件工事を訴外常陽建設株式会社に対し、同会社代表取締役倉持正明との間の請負契約により施工させたものであり、原告会社は、被告会社の下請人なる右訴外会社との間の契約により本件工事を施工したものである。右倉持は被告会社の従業員でもなく、工事主任でもなかったから、同人が如何なる意味でも被告会社を代理する権限はなかったのである。
第二次、請求原因に対し、
被告会社の工事主任なる肩書を附した名刺を右倉持に交付したことは認める。その余は否認する。
右名刺を交付するに至ったのは、本件工事の元請負主である赤星五郎宅の電話を右倉持に使用させるため赤星氏の信用を得させるため便宜なしたものである。更に右倉持に対し被告会社の名称で営業することを許諾したこともなければ、被告会社の事務所を右倉持の営業所として使用することを許容したこともない。
第三次、請求原因に対し、
前記の如く、右倉持に対し名刺を交付したことは認めるが、その余は否認する。
第四次、請求原因に対し、
被告会社代表者小倉が原告主張の日時頃、本件工事現場で訴外篠山に会ったことは認めるが、その余は否認する。
右倉持は訴外篠山より直接本件請負工事代金の請求を受けたことはない。
仮定的抗弁として
仮に右第二次および第三次の請求原因事実が認められたとしても、原告会社は本件工事現場に何度も来ている被告会社代表者小倉に対し、右倉持の地位、身分を尋ねること、或いは被告会社へ電話で問い合わせることは容易であったのに拘らず、何らこれらのことをしていないのであるから原告会社には重大な過失があると述べた。
原告訴訟代理人は被告主張の抗弁事実は否認すると述べた。
証拠として、<省略>。
理由
第一次請求原因について
原告会社が土木建築、左官工事等の請負を業とし、被告会社が土木建築の設計および施工ならびに観光の斡旋を業とするものであることは当事者間に争いがない。<証拠省略>を総合すると、昭和四〇年六月上旬頃、原告会社代理人訴外清水秀雄と訴外倉持正明との間に右倉持を被告会社の代理人として藤沢市鵠沼字下藤ケ谷所在赤星邸の左官工事施工につき、口頭による請負契約が成立した。右契約内容は、請負代金は単価のみ決定し、代金支払方法は、毎月一五日および末日にそれまでの出来高に応じて支払う、施工の方法は被告会社の現場監督訴外渡辺稔の指示による旨定められた。更に、同年七月中旬頃原告会社は右契約に従って、岸田邸の左官工事の施工とも請負い、共同に同年八月中旬頃までに別紙記載のとおり施工終了し、右工事代金は合計六〇万五、〇三五円で、うち金一五万円は右倉持より支払を受け残金四五万五、〇三五円については、未だ支払を受けていないことが認められ、右認定を左右する証拠はない。
原告は右倉持が被告会社の工事主任であり、右請負契約を締結する代理権限を与えられていたから、右請負契約は原告と被告間に成立したものであると主張するけれども原告の全立証によるも右代理権が授与されていたものとは認めがたく、かえって、被告代表者尋問の結果により真正に成立の認められる<証拠省略>を総合すると訴外倉持は訴外常陽建設株式会社の代表取締役であって被告会社の職員ではなく、被告会社は右訴外会社との間で本件工事につき請負契約をしていることが認められる。
してみると、訴外倉持が被告会社の代理人であるとの主張を前提とする原告の請求は認容することができない。
第二次請求原因(名板貸の主張)について
原告訴訟代理人は、被告会社は右倉持に対し被告会社の工事主任の肩書を名乗ること、および被告会社事務所の使用を許していたので自己の商号を使用して営業をなすことを許していたものというべく被告は名板貸人として本件請負残代金の支払義務があると主張する。
しかし、右肩書の使用を許していた(この点については後に別項において判断する)としても、工事主任なる肩書は、独立した営業の主体を意味するものでないのはもちろん、営業活動につき或程度包括的な権限を有する機関ないしは部局を意味するものでないこともその表示自体に照らし明らかなところであるし、原告も、訴外倉持を被告の代理人として右請負契約をしたというのであるから、商法二三条のいわゆる名板貸の適用を考える場合ではなく、続いて原告が主張する表見代理の適用の有無が考えられる場合であるというべきである。
よってこの点に関する原告の主張は採用しない。
第三次請求原因(表見代理の主張)について
原告が訴外倉持との間に、同人を被告会社の代理人として前記請負工事契約をしたことは第一次請求原因について判示したとおりである。
証人清水義光、同清水秀雄の証言によると、右契約が成立するに至ったのは次のような経緯によるものと認められる。すなわち
昭和四〇年五月はじめ頃、被告会社の職員であると自称する訴外宮坂昭平(被告会社代表者本人尋問の結果によると真実は被告会社の職員ではなかったと認められる。)が、知人であるところから、原告会社の職員である訴外清水義光(次下義光という)に対し、前記赤星邸の左官工事を請負って欲しい旨申し入れ、その際訴外倉持を被告会社の現場主任であって契約担当者であると称して紹介した。訴外義光は、訴外宮坂、同倉持の再三にわたる懇請により、右申し入れを原告会社の契約担当者である訴外清水秀雄(以下秀雄という)に取次ぎ、訴外秀雄は原告会社代表者に相談し、被告会社の信用状況を調査したうえこれに応ずることとした。そこで、同年六月上旬頃前記赤星邸工事現場において訴外秀雄が訴外倉持と口頭により前記赤星邸左官工事の請負契約をした。右契約に際しても訴外倉持は被告会社の現場主任と自称していた。その後右赤星邸左官工事の進行中、訴外倉持の申入れにより、前記岸田邸の左官工事をも請負った。右請負契約後工事進行中、訴外義光は訴外倉持の身分を確認する必要を感じ、赤星邸工事現場において、大工工事の下請負職人として作業していた訴外竹花某に倉持の名刺を所持しているか否かを尋ねたところ、同人より被告会社工事主任の肩書の記載してある訴外倉持の名刺(甲第四号証)を貰った。
以上のような経緯が認められる。
そして、右名刺が被告会社代表者より訴外倉持に交付されたものであることは当事者間に争いがなく、被告会社代表者本人尋問の結果によると、交付した名刺は一〇〇枚であったことが認められる。
更に、右交付した理由についてみるに、この点につき被告会社代表者本人尋問の結果によると、右名刺は訴外倉持が施主赤星宅の電話の使用を許して貰うため、施主の信用を得るための方便として、同人に示すために交付したというのであるがかかる目的のためだけであるならば、被告会社代表者の口頭または書面による紹介等簡便な方法で十分事足りることであるし、一〇〇枚の名刺全部を訴外倉持に交付したことも理解し難いところであるから、この点に関する右尋問の結果は措信できないものであり、他に右名刺を交付するにつき、その本来の用途に供する以外の目的で交付したものと認めるに足りる特段の事情があったものと認められない以上、右名刺は訴外倉持にその使用を許す趣旨で交付されたものと推認すべく、従って、訴外倉持に右名刺に記載された被告会社工事主任なる肩書を名乗ることを許し、これをもって他に一般的に表示していたものと認めるのが相当である。
しかし、ここに工事主任または現場主任なる職名はその職務権限については必ずしも一般的、定型的な内容を示すものではなく、被告会社において他に、工事主任なる職名のもとに請負工事契約をなし得る職務権限を有する職員を置いていたなどの特段の事情のない限り、右職名を付したことをもってしては本件工事のような請負工事契約を被告会社に代理してなす権限を付与した旨を表示したものと認めるのは相当でない。そして全証拠を検討しても前示のような特段の事情があったものとは認められない。
以上のとおりであるから表見代理の主張についてもこれを採用することはできない。
第四次請求原因(債務引受の主張)について
この点に関する証人篠山哲雄の証言によると単に「被告会社代表者から名刺を渡されて金の方は心配するな」と言われたと言うにすぎないのであってその際、工事代金の残額について確認するなどの手続をしたものでもなく、相手会社の現場の世話役に過ぎない(右証言による)者に対するこのような発言をもってただちに債務の引受があったものとは認められない。
他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、原告の主張はいずれの点においても理由がないというべく、その請求は失当として棄却するのほかない。<以下省略>。